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東京地方裁判所 平成4年(ワ)17860号 判決

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

下井善廣

大室征男

関根靖弘

被告

株式会社光文社

右代表者代表取締役

小林武彦

右訴訟代理人弁護士

山之内三紀子

右訴訟復代理人弁護士

荒木新五

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、別紙一記載の謝罪広告を、別紙二記載の条件で、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞(以上四紙の全国版)、新潟日報及び週刊宝石にそれぞれ掲載せよ。

第二事案の概要

一原告は、被告が発行する週刊誌に掲載された別紙三の記事(以下「本件記事」という。)により名誉を毀損されたとして、不法行為に基づき謝罪広告を請求している。

二当事者間に争いのない事実等

1  原告は、昭和五一年に衆議院議員総選挙に初当選して以来、六期連続で衆議院議員(自由民主党所属)を務め、平成三年一一月から同四年一二月一一日まで郵政大臣の地位にあった(大臣を辞めた時期につき〈書証番号略〉)。原告は平成五年七月一八日に行われた衆議院議員総選挙において落選した(証人小杉徹四)。

2  被告は、図書及び雑誌の出版を業とする株式会社であり、週刊誌「週刊宝石」を発行している。

3  被告は、「週刊宝石」平成四年一〇月二二日号(以下「本誌」という。)において、その表紙に「地検特捜部が注目する甲野郵政大臣の“2億円”の土地」という大見出しを付け、その三六、三七ページの両ページ見開きの「スクープ佐川献金問題で関係者を事情聴取東京地検特捜部が注目する甲野一郎郵政大臣が買った“2億円”の土地という大見出しの下に、三六ページから三九ページに本件記事を掲載した。

三原告の主張

1 本件記事は、前示二3の各大見出しとあいまって、読者に対し、佐川急便グループ(以下「佐川急便」という。)から金子清前新潟県知事(以下「金子前知事」という。)陣営に三億円の資金が提供され、そのうちの二億円が原告に渡り、原告がその資金で新潟県三条市〈番地略〉宅地978.00平方メートル(実測約一九〇〇平方メートル。以下「本件土地」という。)を購入している、あるいはその疑いがある、と思わせる構成になっている。

原告は、佐川急便の新潟県知事選挙に関する献金については全く無関係であるのに、右献金で土地を購入したかのような記事を掲載され、その名誉を著しく毀損された。

2  本誌の取材記者及び編集者は十分な裏付け取材をしないで本件記事を掲載したものであり、被告はこれらの者を使用する者として不法行為責任(民法七一五条一項)を負うべきである。

3 原告は、本件記事の掲載により、社会的評価及び政治家としての信用を著しく傷つけられたものであり、この損害は金銭的慰謝の方法では償いきれない。それゆえ、原告は名誉回復のための一方法として、第一請求記載のとおり謝罪広告の掲載を求める。

四被告の主張

1  本件記事は、原告の関係する企業が本件土地を購入した事実を指摘するとともに、本来積極的に取材に応じ進んでその資金源等を明らかにすべき政治家としての義務があると思われる原告がこのような義務を全うしようとしない事情も含め、その購入資金についての疑惑の存在、ひいては原告自身の資産形成や資産内容についての疑念を払拭できなかった取材の経緯をそのまま記事として記述したものである。

2  原告は、本件記事が掲載された当時、郵政大臣の地位にあったものであり、その親族が役員を務める企業の土地の取得やいわゆる佐川急便事件と原告の関係を扱った本件記事に係る事実が、公共の利害に関する事実であることは明らかである。

3  原告に関しては、既に佐川急便との金銭関係等の疑惑を指摘する報道が行われていたところ、被告は、報道機関としての使命から右疑惑につき取材したところを報道し、かつ、政治倫理を問う目的で本件記事を掲載したものであり、右は専ら公益を図る目的に出たものである。

4  本件記事は、原告の親族が関与する企業が本件土地を取得していること、その資金調達の経緯が明らかでないこと、原告が被告の取材申入れに対し応じなかったこと、被告が取材した関係者の発言などを内容とするが、少なくともその主要部分において真実であり、それらの事実から一般人なら誰しもが抱くであろう疑念を疑念として付加しているにすぎない。

仮に、本件記事の内容に真実と認められない事実があるとしても、被告には掲載に係る事実を真実と信じるにつき相当の理由があったものであり、故意・過失はない。

五争点

1  本件記事は何を報道したものか。

2  本件記事の内容は公共の利害に関する事実に係り、かつ、その掲載は専ら公益を図る目的に出たものか否か。

3  本件記事の内容は真実か。仮に真実でないとして、被告に真実であると信じるについての相当な理由が認められるか。

第三争点に対する判断

一争点1(本件記事の報道内容)について

1  本件記事は、佐川急便から金子前知事陣営に三億円の資金が提供された疑いを前提に、そのうちの二億円の行方が未解明であるとして、東京地検特捜部が右の二億円の使途につき、地元の複数の原告に連なる政界関係者から事情聴取をしたこと、同特捜部はJR弥彦線・東三条駅近くにある本件土地に注目していること、本件土地を現在所有しているのは株式会社ユウコウインターナショナル(以下「ユウコウ」という。)であるところ、ユウコウは初代の社長に原告の妻、役員に原告の息子や秘書が就任していたという原告のファミリー企業であること、本件土地は約二億円、安く見積もっても一億七〇〇〇万円を優に超える資産価値があることを指摘した上で、三九ページにおいて「当然のことながら、甲野氏が2億円もの不動産を購入した“原資”はどこから捻出されたのだろうか、東京地検ならずとも関心が持たれている所以である。そんな折りも折り、飛び出してきたのが、今回の佐川献金・新潟ルートの消えた2億円疑惑だった。」というコメントを付している。

右の記事構成及び「東京地検特捜部が注目する甲野一郎郵政大臣が買った“2億円”の土地」という大見出しを総合すれば、本件記事は、読者に対し、佐川急便からの二億円の資金が原告に渡り、原告ないし原告の関連する会社がその資金で本件土地を購入した疑いがあるという印象を与えるものである。

そして、証拠(〈書証番号略〉)、によれば、本件記事が掲載された当時、佐川急便事件は、金子前知事が知事を辞任し、渡辺広康元東京佐川急便社長(以下「渡辺元社長」という。)が特別背任容疑で逮捕・起訴されるなどの展開を見せており、連日のように新聞等で報道されていたことが認められ、右事件への関与が取りざたされることは国務大臣の地位にあった原告にとってそれ自体不名誉なことである上、佐川急便からの二億円の資金が原告に渡り、その資金で土地が購入された疑いがあるという印象を与える本件記事は原告に対する社会的評価を低下させるに足るものである。

2  被告は、本件土地の購入資金についての疑惑の存在、ひいては原告自身の資産形成や資産内容についての疑念を払拭できなかった取材の経緯をそのまま記事にしたのが本件記事である旨主張するが、本件土地の購入資金についての疑惑というのは、佐川急便からの二億円の資金の行方に関する疑惑として結び付けられているのであるから、結局のところ、本件記事は読者に対し前示1のとおりの印象を与えるものといえる。

二争点2(本件記事に係る事実の公共性及び記事掲載行為の公益目的)について

原告が、六期連続して衆議院議員を務め、本件記事が掲載された当時郵政大臣の要職にあったことからすれば、たとえ本件土地を購入したのが原告でなく原告の親族が関連する会社であるとしても、本件記事の内容は公共の利害に関するものといえる。

そして、本件記事が掲載された当時、既に、毎日新聞が平成四年九月一七日付けで佐川急便が金子前知事陣営向けとしてグループから調達した三億円のうちの二億円が原告に渡った疑いがある旨報道し(〈書証番号略〉)、右の事実につき参議院決算委員会で質疑が行われていたこと(〈書証番号略〉)からすれば、記事の内容が虚偽であることを知り、又は容易にこれを知り得る状況にありながら他に意図があってこれを執筆、掲載したなど特段の事情が認められない限り、本誌の取材記者及び編集者が本件記事を記述し、掲載した行為は、報道機関としての使命から専ら国民の知る権利に奉仕するという公益を図る目的に出たものと認めるのが相当である。

本件においては、後記三のとおり、本件記事の内容の相当性が認められるから、前記特段の事情はこれを認めるに至らない。

三争点3(本件記事の内容の真実性・相当性)について

1  証拠(〈書証番号略〉、証人西川修一)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 平成四年九月当時、佐川急便をめぐる様々な疑惑の中の一つとして、平成元年施行の新潟県知事選挙に絡み、佐川急便が金子前知事陣営向けに調達したという関係者の話のある三億円のうち、金子前知事の関係者が受け取ったとして捜査されていた一億円を除いた残りの二億円の行方がなお未解明であることが指摘されていた。

右の二億円の行方に関し、渡辺元社長は東京地検特捜部の取調べに対し故長谷川信参議院議員(以下「長谷川」という。)に渡した旨供述していたが、平成四年九月一六日ころ、毎日新聞の取材により、渡辺元社長が金子前知事の関係者に対し「(二億円は)甲野一郎郵政相側に渡してある」旨説明していたことが明らかになった。

(二) 平成四年九月ころ、東京地検特捜部は、右の二億円の行方に関し、原告の元第一秘書を含む少なくとも二名の原告の関係者から事情聴取をした。右の事情聴取の中で、取調べに当たった検察官が、本件土地のことを知っているかと相手に尋ねる場面があった。取調べを受けた関係者のうちの一人は、東京地検特捜部は二億円がどこに入ったかということよりも、その付近(資金提供があったとされる時期に近いころ)に原告がどのような買い物をしていたか調べ始めているという印象を持ち、本誌の専属記者で本件記事に関する取材をした西川修一(以下「西川記者」という。)に対し、その旨語った。

(三) 本件土地及び右土地上の建物の所有名義は、平成二年四月二六日売買を原因として、同年五月二二日付けで川口工器株式会社(以下「川口工器」という。)からユウコウに移転している。川口工器は新潟県三条市に本店を置く会社であり、同社の実質的な経営者である川口昭二は平成三年まで原告の後援会長を務めるなど、原告と関係の深い人物である。

他方、ユウコウは不動産の賃貸、管理、売買及び仲介等を目的として昭和六二年六月九日に設立された株式会社であり、初代の社長に原告の妻、取締役に原告の長男と次男、監査役に秘書がそれぞれ就任していた。現在の代表取締役である生沼英勝も原告の親類で元原告の秘書をしていた者である。

(四) 西川記者は、本件土地の売買価格につき、新潟県三条市の不動産業者二軒で取材をした。それによると、平成二年当時の本件土地付近の土地の価格は坪当たり約四〇万円であるところ、本件土地の価格はその敷地内に大きな岩や松が置いてある関係で少し安くなり、坪当たり三七万円前後であるという結果であった。本誌の担当編集者は、西川記者の取材の結果及び他の記者の取材の結果を総合して、本件土地の価格を一億七〇〇〇万円から二億円程度と見積もり、その旨記事にした。

2 右認定の事実によれば、本件記事の内容のうち、佐川急便から金子前知事陣営向けに調達されたという関係者の話のある三億円のうちの二億円の行方について、東京地検特捜部が右二億円の行方の解明に関連すると見られる資金の使途につき、複数の原告に連なる人物から事情聴取をしたこと、同特捜部は本件土地の購入資金に注目していたと見られること、本件土地を現在所有しているのはユウコウであること、ユウコウは初代の社長に原告の妻、役員に原告の息子や秘書が就任していたという原告のファミリー企業であることは、いずれも真実又は事実に基づく合理的な観測事実であると認められるが、他方で、証拠(〈書証番号略〉、証人西川修一)によれば、渡辺元社長が二億円を政治家に渡した事実があるか、その相手が誰かということは、現時点でもその真相が解明されていないことが認められ、本件全証拠によっても、川口工器とユウコウとの間で本件土地が実際に幾らで売買されたかは不明であるから、佐川急便から金子前知事陣営向けに調達された三億円のうちの二億円が原告に渡り、その資金で本件土地を購入した疑いがあるという本件記事の核心をなす疑惑の対象事実について、真実であることの証明があるとはいえない。

しかし、証拠(〈書証番号略〉、証人西川修一)によれば、本件記事が掲載される以前、毎日新聞が平成四年九月一七日付けで佐川急便から金子前知事陣営向けに調達された三億円のうちの二億円が原告に渡った疑いがある旨報道したのを始め、佐川急便からの二億円が原告に渡った疑いがあることは再三新聞で報道されていたこと、本誌の編集部においては、編集者一名及び記者五名が本件記事の編集、取材等に関与したものであるが、西川記者は担当編集者の指示に基づき、平成四年一〇月二日から四日までの三日間新潟県三条市において合計約二五人と面談し、又は電話で話を聞く方法で、主に本件土地の売買の経緯について取材をしたこと、その中には渡辺元社長から二億円を渡した相手と名指しされた長谷川の息子も含まれること、西川記者は原告に対する取材を試みたが、原告及び原告の事務所から回答を得ることはできなかったこと、西川記者を始め本誌の取材記者及び編集者は、取材の結果、原告が佐川急便から受領した二億円で本件土地を購入した疑いが極めて高いと感じ、その取材の経緯を本件記事として掲載したことが認められる。

右の事実に前記1認定の事実を総合して判断すると、原告の佐川急便からの二億円の献金疑惑が既に指摘されていた平成四年一〇月当時の状況において、本誌の取材記者及び編集者がユウコウによる本件土地購入の事実と原告に関する佐川急便の二億円の献金疑惑を結び付けて考えたことにはそれ相当の真実性の根拠があったと認められるから、本誌の取材記者及び編集者が、佐川急便から金子前知事陣営向けに調達された三億円のうちの二億円が原告に渡り、その資金で本件土地が購入された疑いがあるという疑惑について、前示のような各大見出しの下に本件記事を掲載したことに過失を認めることはできない。

第四結論

以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、本件記事の掲載が不法行為を構成することを前提とする原告の本訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官石川善則 裁判官春日通良 裁判官和久田道雄)

別紙一

謝罪広告の内容

当社は、当社発行の「週刊宝石」平成四年一〇月二二日号において、「地検特捜部が注目する甲野郵政大臣の2億円の土地」の記事を掲載致しましたが、右記事内容は事実無根で、甲野一郎氏と佐川献金問題とは無関係であり、甲野一郎氏の名誉を著しく傷つける結果となり、誠に申し訳ございません。

ここに右訂正するとともに、甲野一郎氏に対し深く謝罪するものです。

平成 年 月 日(注 掲載日)

株式会社 光文社

代表取締役 小林武彦

甲野一郎殿

別紙二、三〈省略〉

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